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2021

20

5月

戦国最強の武将は誰

雑記

**** 武勇編 ****


1位: 朝倉宗滴


浅井亮政という、これまた中々の名将がいるのですが、


その亮政の守る小谷城の一角に5ヶ月も居座ったという話もあります。


しかしやはり一番有名なのは九頭竜川の戦いでしょう。


なんと30万人もの一向宗を相手に、宗滴はたった8千人から1万6千人


ほどの軍勢で戦います。


そして夜襲を仕掛け、見事勝利してしまいます。


この時の一向宗の数や強さには諸説あるのですが、多少の幅があっても


とんでもない大逆転だと言えるでしょう。


そしてその後もなんと79歳まで戦い続け、陣中で病没したと言います。


数々の戦陣訓や家訓も残しており、もっとも敵に回したくない武将なのです


2位:毛利元就


謀略家として有名な人物。しかし合戦の方も強く、


なんと勝率では戦国大名でナンバー1です。


中でも有名なのは厳島の戦いでしょう。たった4千から5千の兵力で、


2万とも3万とも言われる陶晴賢軍を打ち破ってしまいます。


元就のような知略タイプの武将は、普段からコツコツと内政をして


相手より多くの兵力を用意して勝つというパターンが多いです。


しかし元就の場合は内政はもちろん、厳島のように絶望的な戦いも


ひっくり返してしまいます。


3位:上杉謙信


上杉謙信の何がすごいかと言えば、少ない兵力で勝ち続けた事です。


当時の新潟は今のような米どころではなく、あまり兵糧を用意できませんでした。


それでも謙信は合戦では高い勝率を誇り、勝てなかった合戦でも何とか引き分け


に持ち込む事が多かったわけです。


中でも川中島の戦いは有名ですね。


あの武田信玄を相手に、数で劣っているにも関わらず武田信繁や山本勘助を


討ち取って痛み分けに持ち込みました。


武田陣営の兵糧を炊く煙がいつもより多く登っているのを見て、


「これは奇襲が来る」と読んで勘助の啄木鳥戦法を見事に打ち破りました。


もう一つ有名な戦といえば、柴田勝家を返り討ちにした手取川の戦いです。


織田軍が川を渡りきるタイミングで謙信率いる上杉軍が現れ、


準備もできておらず逃げる事も困難な織田軍は大ダメージを受けました。


このように武田信玄や柴田勝家など、かなりの手練を相手に勝ち続けたというのが


上杉謙信の凄いところです。


次回は、指揮官部門になります。

この記事を書いた人

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ダンディー

所 属:
WEBインテグレーション事業部
出身地:
山口
仕事内容:
ソフトウェア開発